会員の声5

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入会後2年以上経った会員様から頂戴したコメントを掲載します。

★当道場に入門して3年になります。
剣道経験者ですが、剣道が竹刀で打ち合うスポーツ化している事実に魅力がなくなり、
剣道は止めてしまいました。
その後刀剣マニアに傾倒するも、刀を芸術品として単に“見る”だけの楽しみ方から、
実際に“斬れる・遣える” 刀に強く興味を抱き、当道場に入門して3年になります。
他道場との一番大きな違いは、斬り合いに於ける実戦に沿った理論と稽古、
また武器としての刀の構造理論と目利き方も含めて、
抜刀居合道の真髄に触れる機会を得られて、自分で選択した道場に間違いは無かったと思っています。55才、(会社役員)


★尚士会に入門を許され、約1年になります。
他武道の経験があるものの、一度きちんと剣を学びたいと思い、会社の帰り道で通える道場を探していたのですが、一年前に出会えたのが、尚士会です。
いくつか居合道場を見学したものの、なかなか決めきれずにいたのですが、尚士会に一度見学させてもらえる機会を頂き、その日に入門を決めました。
先生の動きや、稽古の様子を見て、即日に入門をお願いしました。何か一期一会のようなものを感じて、入門をお願いしたのを覚えています。
稽古をはじめた当初は、漠然と先生や先輩達の動きを見て、とにかく体を動かすことで精一杯でしたが、一年経って、居合の動きの精密さと、稽古で目ざすものの奥深さを少しだけ感じられるようになったような気がしています。
当初は、武道だから動きは一緒だろうと思っていたのですが、剣を腰に差すだけで、どこかぎこちなくなる自分がいました。剣と自分がまだバラバラで、とても一つになれない。「剣は優しく扱え」と先生によく指導されますが、確かに自分の動きは、剣を一方的に振り回すだけで、切る動きとはほど遠いのだと思います。先生のお手本通りに動こうとしても、動けない。自分でもなぜそういう違う動きになってしまうのか分からないが、確かに、違う動きをしている自分がいる。何が邪魔しているのか、それをなくそうとすると、今度は、別のところの動きがぎこちなくなる、今はそれを繰り返している段階です。でも楽しいのが、不思議です。毎週の稽古で、先生に駄目出しをされても、不思議と稽古の帰りはいつも気持ちがいいものです。
最近思うのは、自分の体の動きに「くせ」がついてしまっているだけでなく、「動き」を見る「見方」それ自体にも「くせ」がついてしまっているのではないかということです。先生の動きを見るにしても、どこか視点がずれてしまっているのかも知れません。今は、とにかく、先生の指導の通りに、動くことに集中したいと思っています。
また、1年間、居合いの稽古を続けていくうちに、会社生活での物の見方も少し変わってきたようにも思います。仕事のやり方も、やはり人それぞれ「くせ」があり、その「くせ」がいい結果に結びつくときもあれば、いい結果を生み出すことを逆に邪魔していることもあるな、などと考えるようにもなり、人を見る目も少し変わったような気がします。この1年は、私にとって、改めて自分を見直すきっかけにもなり、とてもありがたい出会いで、これかも大切にしたいと思っています。


★尚士会に入門して一年半となりました。
今の私の大きな課題、それは正しい身体の使い方を身につけることだと思っています。
刀は道具であり、身体の延長です。だからこそ、自分自身の身体を意識的にコントロールできなければなりません。
しかし、居合を始めたことによって、今まで自分がいかに無意識に身体を動かしていたかを痛感しました。
刀の役割、それを扱う身体の役割をひとつひとつ理解し、正しい動きを身につけられるよう稽古に励んでいきたいです。
私にとって居合とは、鏡のようなものです。この一年半の間、稽古を通して自分の身体と向き合い、心と向き合うことを繰り返してきたように思います。
そのなかで、弱い面、未熟な部分が現れることもあり、それに打ち勝つことができず悔しい気持ちにもなりました。

しかしそこで目を背けてしまえば、それ以上上達はできません。私はもっと上手くなりたいです。
大きな鏡と向き合っているつもりで、これからも居合を続けていきたいと思います。


★入門して1年半。
毎日充実してます。仕事中の視野が拡がり先の事を見越して動けるようになってきました。

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